アッシェスの日記帳

育児日記とか闘病日記とか

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

リボンズって何回書いただろう。

皆さんTVアニメのガンダムOOは観ていますでしょうか。
ガンダムOOの22話でリボンズが脳天撃ち抜かれたにも係わらず、翌週には復活していてちょっと笑ったんですがあれってちょっと怖くないですかね。

リボンズ曰く、「ボクの意識は直接ヴェーダと繋がっている、肉体はただの器に過ぎない」とのことですがこれは常にバックアップを取っているという意味なんでしょうか。

撃たれて死んだのをリボンズA、翌週で復活していたのをリボンズBとするとリボンズBはリボンズAが死ぬまでの全記憶を持っているわけですから、リボンズBの主観では自分が撃たれて死んだ→しかし別の場所で新たな肉体で復活したという記憶の連続性を保てると思います。

また他の人間から見てもリボンズ・アルマークという個人の連続性は保たれると思います。
では撃たれて死んだリボンズAからするとどうなのか…。

リボンズAの生命活動は停止しているので、リボンズBが観ていることを共有することは出来ない。いくら他人から見てリボンズの連続性が保たれていようとも、リボンズAにとっての人生はそこで終わり…。いくら自分のバックアップが自分の死後も計画を遂行し続けようとも、自分はそれを知ることはできない。

これは普通の人間の感覚からしたら凄く怖いことではないかなと思います。いくら個人の連続性が保たれているとはいえ、リボンズAにとってリボンズBは他人以外の何者でもないし、ドッペルゲンガーと何が違うんだろうと考えてしまいます。

リボンズBの場合、問題はもっと深刻になるんではと思います。つまりリボンズAが死ぬ→しかし復活した今の自分が居るわけですから、自分は死から開放された存在なんだと思い込み生命維持に対する危機感が欠如していくんではないかと。今の自分が死んでもまた新たな肉体で復活できると信じて…。

とまぁ↑で書いたのはごく普通の人間からしたら怖いことだけど、品種改良された上位種であるリボンズさんにとっては取るに足らない事なのかもしれません。個の存在よりも計画の遂行を重んじるようにプログラムされているなら上記のようなことが頭をよぎることすら無いだろうし。(細かい設定なんかは知りませんがw)

先週の放送を観ていてちょっと感じたことを書いてみました。
別窓 | 日常 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨
<<ハイブリッドディスクキタワァ | アッシェスの日記帳 | 三波春夫の罪は大きい…>>

この記事のコメント

∧top | under∨
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| アッシェスの日記帳 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。